2020年1月5日(日) 21:33 曽根千智

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櫻谷さん

 

また大変にお返事が遅くなってしまいました。

これでは受け取った黒ヤギが手紙を改竄していたとしても気付きませんね(しませんよ、こちら善良な黒ヤギです)。

 

この往復書簡を始めてみて、特定の人と密な会話を長期間に渡って行うということの特異さをまた改めて感じています。櫻谷さんとの間には、これで4通目ですが、たしかに共通言語のかけらのようなものが構築されてきていると感じています。

何十年と文通を続けている人がいますが、あの人達の共通言語とはどんな密度なのでしょうか。想像が及びません。森崎和江さんの『第三の性』という本を読んだときにも同じことを思いました。この本も2人の女性の書簡形式なのですが、書簡だからこそ打ち解けられる秘密があり、彼らだけが持つ小さな文化があり、思想があるのだと思い、羨ましく思うと同時に、この形式に森崎さんは何を仮託しようとしていたのか、考え込んでしまいました。小さな文化が外に漏れ出るように、この文通は続きます。

 

山下残さんの作品、教えてくださってありがとう。

残念ながら本編は見損ねているのですが、昨年のファーミ・ファジールのマレーシア選挙の作品を観ていて、櫻谷さんの言わんとすること、なんとなくわかった気がしています。

よく作品のテーマは何かと聞かれるけれど、テーマはないんですよね。行動や営みがあるだけ。そこに「こういうふうに観ると面白いかも?」という補助線が「明確に」引かれている。残さんの作品も実態は「習う」という行動のみだったのだと思います。それを観る視点に対して「面白いかも?」の補助線を丁寧に引いてくれていた作品だったのではないでしょうか。

 

閑話休題、最近、地図を作っている人とお話をしました。

地図といっても空想地図といって、この世のどこにも存在しない街の地図です(例:多奈崎市 https://hiji.mosha2.jp/maps/)。はじめてこの地図の存在を知ったとき、まず目的は何なのかと思いました。普通の地図は、ゼンリン地図に代表されるように、どこかに掲載するとか、その土地をよく知るとか、そういう理由があって書かれます。でも空想地図はどこにも存在しない。知るも何も存在しないのです。

彼は「街の『それらしさ』を極限まで高めていくことが目的です」と言いました。完璧です。地図の真裏を取る存在理由の潔さ!

「じゃあ街らしさって何ですか?」と聞いてみました。だって本物の街じゃないのに街らしさなんてどこにあると定義できるのか。彼は「この間、多奈崎の駅前のショッピングセンターのファッションビル、あそこの中の店舗が一軒廃業したんです」と言います。おかしい。廃業はおろか創業もしてないんです、実際には。でも同時に「ああ、そうか」と思いました。街はライフサイクルを持っていて、「らしさ」はそこにある。例えば鉄道が通って、繁華街ができて、住宅街ができて、それを縫うように路線バスが走る。街に人が少なくなると、どこから潰れるか。そう、駅前のファッションビルです。

人間と同じだ、と思いました。人間のライフサイクルもらしさで成り立っていて、架空の生命を仮に考えたとしても、その生物はきっと小さく生まれて、いずれ死ぬのでしょう。

私たちは、意識せずライフサイクルを想像し、そしてそれに寄り添っています。

 

戻ってきました。ですので(と強引に繋げます)、私たちはライフサイクルを持つ行為や行動を観察してみるのがいいのではないかと思うのです。

ここでいうライフサイクルとは「一定の繰り返しやアルゴリズムを持つ一連の行動連鎖」とでも言いましょうか。食事だってそうだし、毎日日記を書くことも、日記の視点で見ればライフサイクルと言えるでしょう。眠ること(睡眠をライフサイクルと捉えるためには無論、記憶や夢の話をしなければならないかもしれません)、片付けること(人が物を片付けるというのはとてもおもしろい行為だと思います。だってそこに無事に帰ってくる保証なんてないのに、どうして家を作り片付けるのでしょうか。片付けるというのは未来への期待です)、何かを捨てること(これも変です。あらゆる動物の中で人だけが財産を保有し、また自由意志で捨てます)、誰かに何かを貸すこと(お金以外に物を貸したり、中には思い出を貸す人もいますね、そういう商売があります。質屋はそういう文脈もある)、何かを意図的に忘れようとすること(人間だけができる処世術ですね)。ライフサイクルを持つ、人間の営みはいろいろあります。櫻谷さんの気になる営みは何でしょうか?日常的なものに限らず、教えてもらえるとうれしいです。

 

ペースはゆっくりでも着実に会話が前に進んでいるのが不思議です。

お返事お待ちしております。

 

 

追伸:

アル中の友人が「酒がない人生は私の人生ではない」と宣ってました。彼女に酒に酔うととても静かになります。ライフサイクルの陰陽が想像するものと逆です。そういう世間と自分のライフサイクルとの小さなズレが「人間らしさ」を記述するな、と思います。

曽根